歴史をたどる
はたらく仲間がつくった金融機関
| 1950年、生活協同組合運動等の中から、岡山と兵庫にはじめて[ろうきん]が誕生。
その後の5年間で沖縄を除く全国の都道府県に[ろうきん]が設立され、1953年には 労働金庫法が制定されました。
当時の[ろうきん]は、戦後の混乱した社会環境の中で、はたらく仲間の生活防衛に 大きな役割を果たしてきました。当時、勤労者は社会的信用力が乏しかったために、 銀行からの融資を受けることは非常に困難な状況でしたが、[ろうきん]はそのような はたらく仲間の生活を守るために融資を行ってきました。
そして1966年、沖縄にも[ろうきん]が設立されて47都道府県すべてに[ろうきん]が 網羅される体制に。その後、各地域で組織統合が行われ、その中の関東エリアを経営基盤と するのが[中央ろうきん]です。
|
![]() |
サラ金対策キャンペーンを展開
|
|
1970年台後半から80年代前半、サラリーマン金融(いわゆる「サラ金」)の高金利、
厳しい取立てにより生活を破壊された利用者が多数発生し、社会問題化しました。 サラ金の利用者の多くが勤労者やその家族であったため、[ろうきん]は自らの問題 としてサラ金対策に取り組みました。
1983年には「サラ金対策キャンペーン」を全国的に展開し、被害を未然防止するための 宣伝活動、相談態勢の確立、貸出利用の総点検などを行い、[ろうきん]の窓口には 1万人を超える相談者が訪れました。
|
阪神・淡路大震災に迅速に対応
| 1995年の阪神・淡路大震災の際には、被災された方々に対し、「阪神大震災援助金融資」、
「阪神大震災被災者住宅融資」、「阪神大震災被災者特別融資」を迅速に実行しました。 既往の利用者の方々に対しては、事情に応じ、返済額の減額、金利の減免などの特別措置 を実施。
また、震災遺児の教育資金援助を目的とした「応援(エール)30」定期預金に取組み、全国 から500億円を超える善意のお金が集められ、その利息の一部と[ろうきん]からの寄付金 合計2億3千万円が「あしなが育英会」に寄付されました。
|
|


